La mer bleue

紫野いき・1

私のファーストキスの相手は
大学時代の同級生で新藤泰明(しんどうたいめい)。

奪われたのではなく、私の方から泰明に口づけをした。

大学生になったら好きな人をみつける。
それが私の目標だった。


新藤君がゼミの教室のソファで無防備に寝ている。
ドアを閉め、彼の正面に立って、身をかがめ、唇を合わせた。

唇って意外に弾力があるんだ。
離れようとした時、腕を掴まれ抱き寄せられた。

「何だよ!」

そのまま、唇を奪われ、舌を強く吸われた。キスって言うのは
こんなもんだって新藤君が言ってるような気がした。

「あ!んんんんんんんん」

新藤君の舌は私の舌と絡みあった。彼に合わせて
私はゆっくりとだけれど、キスを味わった。



「お前かぁ、フーン、結構、やるじゃん」と新藤君はその鋭い視線を
私に向け、フフンと笑って言った。
「ありがとう」って言って私はその教室から逃げ出した。

今思えば、どうして"ありがとう"なんて言ったのか。
私が彼の唇を奪ってから1週間。学内で彼と出会うことはなかった。



新藤泰明は同じ経済学部の同級生。この大学は女が少ないけれど、
経済学部はさらに女が少ない。そのせいで、そんなに綺麗とは
言いがたい私も男子学生からは付き合ってくれと言われたりする。

その中で新藤君だけは学内の女の子に無関心。そりゃそうだろう。
背は180センチ以上あるし、筋力のありそうなしなやかな身体と
彫りの深いちょっと影のあるモデルばりの顔だもの、学内の
女子学生なんか相手にしなくても、キレイどころが寄ってくる。

ここの学生と言うことは彼、頭も良いってことだ。

卒業できるギリギリの講義にしか出ず、極力学校に来ない。
それなのに難関の広瀬ゼミにはチャッカリと入っている。

暴走族の頭を張っているとか、ヤクザと関係があるとか
新宿で派手に遊んでいるとか羨望の混じった悪い噂は絶えないが、
学校に来る時は熱心に講義のノートをとり、時には図書館で調べ物を
したりしているのを知っている。

そんな彼を1年の時からズーッと見ていて、
気になったりしてるわけ。

本当はもっと、イロイロな事も知っている。
噂の通り、暴走族の頭で暴力団にも出入りしている事。
ケンカが強く、族やチンピラ達の中でも一目置かれている事。
水商売や風俗の女性、不良ぽい女の子や芸能人・モデルさんたちとの
派手な関係も。来るモノ拒まずだけれど、1度寝たら終わり。
女に関しては凄く冷徹無比らしい。

家庭はごく一般のサラリーマン。表向きは優等生で、 国立大の最難関にストレート合格という優秀さだ。 これまでに補導・犯罪歴は無い。
『あの組長が逃がす訳がありませんから、経済ヤクザ確実でしょう。
まあ、下手に官僚になるより、闇世界にもああいうのがいたほうが
話が早いから我々としたら、たのしみでもありますが』。。。なんて
我が家に出入りしている公安警察の山田が言ったのだそうだ。

父と母は山田から聞いた話をそのまま私に報告し、危険人物が
同級生にいるようだから、なるべく関わらないようにと釘をさされた。
私が新藤泰明を意識するようになったのはそれからだ。
私の名前は長門喜久子。21歳。旧皇族の一人娘。